松永 真二「歩」
1988年  父親に連れられ近くの車屋でカートと出会う
        地元長崎にてカート活動開始〜15歳〜
        後に活動の場を福岡の恋の浦サーキットに移すもののレースに出ては予選落ちを繰り返す・・・

1991年  恋の浦カップ86クラスシリーズチャンピオン獲得

1992年  高校を卒業と同時に福岡へ
        当時の「みゆきサーキット」にて従業員として働く一方チーム員の指導、そして自らのレース活動を続ける
        九州地方カート競技選手権ATクラスシリーズ3位

1993年  九州地方カート競技選手権AUクラスシリーズ3位

1994年  九州地方カート競技選手権FA-2クラスシリーズチャンピオン

1995年  晴れて全日本へと突き進む!!


1995年  全日本カート競技選手権FAクラスシリーズ11位
第4戦の中山サーキットにて全日本初優勝/参加台数67台
   <タイムトライアル31位からの追撃!!>
  不振の原因をガソリンに見つけ地元九州からやって来た応援団に急きょガソリンを届けてもらい、
  予選では予想通り復調。 予選第1ヒートでゴボウ抜きし2位でゴール。
  続く第2ヒートではトップでゴール!決勝は6番手からスルスルと2番手まで行き、残り6周でトップ!!
  右手を高々と挙げて、堂々全日本初優勝のチェッカー。   
                                              「JAPAN KART」掲載文より
1996年  全日本カート競技選手権FAクラスシリーズ30位(最高3位)

1997年  全日本カート競技選手権FAクラスシリーズ7位(最高2位)
全日本第2戦瑞浪ウェットレースにて・・・
    <アクシデントからはい上がる実践的バトル術!!> 「猛烈な追い上げで実力をアピールした松永」
  第1ヒートで前方のもらい事故に出くわしリタイア・・・20番グリッドに埋もれた松永 真二だが、松永のチェイスは
  さらに激しく終盤には2位の座に立った。「抜くポイントが多いコースでのセッティングは1番速いまま。
  特に追い上げ用には変えない。でもその他のコースでは立ち上がりを良くする為に、ギアを大きくする事もあります。
  抜くひとつ前のコーナーを早く立ち上るんです。そこから前車と違う角度で進入する。同じラインじゃ抜けませんからね。
  後方集団の遅い人はブレーキングが手前だから、焦って近づきすぎると、タイヤにのり上げてしまうこともある。
  雨の日は特にブレーキングに差が出ますし、それに僕の場合追い上げる時はあまり欲を出さない様ににしてます。
  なぜなら以前は「スタートで何台抜こう」とか作戦たてて、自滅してました。」
  松永のばん回劇は結局、残り2周でチェーンが切れて幕を閉じ、この日予選通過はならなかった。だがこのヒートで
  コースアナウンサーが最も多く叫んだのは「松永」の名前だった。
  不運のアクシデントで後方グリッドに埋もれた時、それは自分の速さをアピールする絶好のチャンスでもあるのだ。
                              
                                                           「Racing on」掲載文より
1998年  全日本カート競技選手権FSAクラスシリーズ参戦(最高8位)

1999年  全日本カート競技選手権FSAクラスシリーズ参戦(最高6位)
        ワールドカップ鈴鹿FAクラス7位
'99 FMK-FIA WORLD CUP
Pos No Driver Nat Team Frame Engine Tire T.T Q1 Q2 Q3 P.F
1 108 Julien PONCELET F SWISS HUTLESS SWISS HUTLESS ITALSISTEM BS 7 1 9 3
2 119 Augusto Dos SANTOS BR DAM.s.r.l CRG CRG BS 3 7 1 5
3 128 Feanch PERERA F Feanch PERERA TONYKART VORTEX BS 23 11 8 8
4 107 Patrick PILET F K.L.M TONYKART VORTEX BS 1 2 2 1
5 132 杉山 貴英 J AプロジェクトRT TONYKART VORTEX BS 6 1 3 4
6 113 Oliver JARVIS GB Oliver JARVIS TONYKART VORTEX BS 14 3 30 9
7 155 松永 真二 J Team C.O.B SWISS HUTLESS ITALSISTEM BS 13 8 7 6
8 120 Jose Maria LOPEZ I DAM.s.r.l CRG CRG BS 12 4 6 7
9 115 Oscar TAMI I Oscar TAMI TIBIKART VORTEX BS 16 12 12 15
10 139 山本 左近 J ノバカート TONYKART VORTEX BS 15 11 4 11
                                                                        
                                                            「JAPAN KART」より
「笑」
 あれは何年前のことでしょうか、初めて全日本でSUGO(仙台)へ行った時のことです。
 メカニックと2人、右も左も解らない状況でしたがここは九州男児!!やる気だけは人一倍です。
 どの選手よりも先にコースインしてやろうと、バタバタと準備を済ませ、いざピットロードにカートを下ろした
 時のことです…なんだか周りの視線がおかしい???
 なんと私達はカートを逆方向に向けてスタートしようとしていました…。は・は・は・恥かしい〜!!

  
  それからこんなこともあったな〜。瑞浪全日本に向けて出発しようとしていたまさにその日のこと、1本の電話が…。
 それは一緒に全日本へ行くメカニックからでした。 
 内容は「母親が病気で倒れ、全日本には行けなくなってしまった。」とのこと…。 
 勿論すぐ他の人にメカニックをお願いしてまわりましたが、4日も5日も仕事を休める人はそういません。
 しかし・・・ここもやる気だけは人一倍の九州男児!!  
 「行きゃ〜なんとかなるでしょ〜」と、結局1人で瑞浪全日本へと出発!! せっせと下道で行ったな〜…。  
 レースは、たしか散々でしたが周りの皆さまの協力を得て、レースは無事に終え、1人福岡へと帰って行きました。

 因みに、SUGO(仙台)で行われたタイヤテストでは、同行したメカニックが免許を持っていなかった為、
 福岡から仙台まで往復1人で運転して行ったこともあります。 

                            まだまだ沢山ありますが、またそのうちに…。
「感謝」
  こうして思い起こしてみますと、長年の全日本活動におきましては、本当に多くの方々に助けて頂きました。
 九州から8年間(FAクラス3年間  FSAクラス5年間)全日本に出場し続けるということは、貧乏で田舎者の私
 にとって皆様のご協力なくしては決して出来るものではありませんでした。
 私のカートに対する熱意に共感して下さり、ご協力して下さいました方々に今、改めて感謝致します。
 ありがとうございました。
「夢」
  さて・・・1998年に「チームC.O.B」が誕生!
 2000年にはココ福岡県久留米市に「レーシングカートショップC.O.B」をオープン!
 当初はチーム員も数名で(>_<;) 地元レースで1勝も出来ない弱小チームでしたが・・・
 どんどんチーム員も増え、レースでも優勝を重ね・・・シリーズチャンピオン獲得。
 そんな中、密かに抱いていた「夢」  九州ではどのチームも成しえなかった
 全日本チャンピオン・・・・・
 そう! 「チームC.O.Bから全日本チャンピオンを誕生させる!」 
                       そんな大きな夢が2005年に実現できました→
 
「∞」
  松永 真二・・・欲張りになってきました。
 まだまだチームC.O.Bから勝てる選手も育てたい!チャンピオンも欲しい! もちろん全日本チャンピオンも・・・
 一方、レースだけでなくカートの楽しさを、もっと多くの人に伝えて行きたい!
 ココ九州は福岡・久留米にド〜ンと腰をすえて、C.O.B 「∞〜無限大〜」目指しカート一筋突き進み・・・真っ最中!